孤高の戦士野口将志(船橋ドラゴンジム)

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孤高の戦士

 野口将志。ここに意地っ張りな青年がいる。

「アスリートはその競技においてパフォーマンスして勝負するのであって、その背景をわざわざ見せるのはちょっとどうかなって。まったくダメとは思わないけど練習、減量、こんなに頑張ったって、お涙頂戴の物語が主流になるのは違うと思うんです。そうなると、競技の本質が見えなくなる。競技で輝いて初めて価値があるんじゃないかって」

 その考えの基本を作って来たのは、尊敬する父と、父の影響で小学二年から始めたバスケだった。野口は、高校でもっともレベルの高い場所を求めて、家族で千葉県へ移り、名門市立船橋高校へ入学する。全国から集まるバスケエリートの猛者たちは身長180センチを超えるのが当たり前で、軍隊並みの練習と厳しいレギュラー争いが待っていた。いかに俊敏さがあろうとも172センチの野口の身長で戦うには、身体を鍛えるだけでなく常に研究し自分で考えて練習に取り組むしかない。誰かに頼るということはできなかった。野口は俺が一番だというモチベーションゆえの鼻っ柱の強さを持っていた。このころから結果を残すことこそすべてなのだという考えがあったのだろう。彼自身も試合に出場しながら、チームは全国大会へ出場して結果を出していた。だが、野口はバスケで将来プロとして生きていけるのか、NO.1になれるのかを考えた時、自分の身長では厳しいと判断した。
 野口は父を社会的にも、そしてひとりの男としても尊敬していた。偉大なる父を超えたい、認めてもらいたい。その激しい情熱は、身体的に同じ条件で戦うボクシングという競技に辿り着く。世界チャンピオンになって父に認めてもらいたい。もはや、それしか頭になかった。18歳の夏、高校最後の大会であるウインターリーグに参加することを辞退してボクシングで世界チャンピオンになることを父に宣言した。進学するべきだとする父と激しく言い争い、野口は家を飛び出す。高校生だったが、うまい具合に安いアパートを借りて新聞配達の仕事をしながら学校へ通い、船橋ドラゴンジムへ入門。新聞配達で得られる13万円程度の収入で授業料も毎月封筒にいれて黙って実家のポストに入れていた。クラスメートは野口が授業中によく寝るようになったと思ったが、まさか彼が家出をしているなど思いもしなかった。なんとしても卒業までに皆の前で、プロボクサーとして生きていくことを宣言したかった野口は、入門してすぐさま、プロとスパーを願い出る。生意気に見えたであろう。しかし、周りからどう思われているかなど頭にないぐらい必死だった。結果、プロテストで相手を倒し、卒業までにプロライセンスを獲得する。

 凄まじい行動力と情熱。家出をしたことも、新聞配達をして生活していたことも、ボクサーになることも、学校の仲間には誰に告げなかった。結果のみを示す。これは野口独特の生き方だが、ともすれば野口は何も言わないだけに多くのことを誤解されることもあっただろう。

野口将志"

 「孤高」と「孤独」は違う。野口は自身の想いの強さと、本当のことは誰にも告げないという、ある種の美学を貫き過ぎて孤独に追いやられてしまう。おそらくは相当生意気な奴だと思われていただろう。バスケの頃から自分で考えて行動していたからこそ、ボクシングも独自に研究に研究を重ね、自分の考えを軸に取り組んでいった。きっと周りからは異質に映っていたはずだ。事実、キャリアの初期はたいした戦績ではないし、試合をキャンセルしたり、試合が出来なかった年もあった。いい加減な奴、ちゃらい奴、実際そう見えていたこともあっただろう。だが、真実を知る人間は僅かだがいる。

 プロボクサーになって数年後、野口はボクシングのためにフランチャイズの焼き鳥屋を経営した。バイトだけでは生活が厳しく、自分が経営者になれば、練習時間や試合前には身体を休めることが可能だと思ったからだ。そして、そこには恋人も養っていくという野口なりの想いも詰まっていた。

「なにも手にしていない、こんな自分に付き合ってくれるのだから」

 だが、現実は睡眠時間が二時間という過酷な状況を招いてしまう。想いの空回り。周りからの目。だが、ボクシングへの情熱はまったく変わらない。思うようにいかない焦りやストレスから野口は命を絶とうとすら思うようになってしまう。このままでは、彼女の人生もダメにしてしまう。彼は別れる決断をした。そして、精神が破綻寸前のボロボロの状態で両親に現実を伝えた。両親は野口が家出をしてから8年、厳しい状況でボクシングを続けてきた現状を初めて知った。意地っ張りな野口は、いつも「大丈夫だ」「問題ない」としか言わなかった。

 野口は「孤高」と「孤独」の違いを理解するようになる。独りでは勝てない。多くの支えがなければ戦えないことを自身の体験をもって知った。意地を張り続けることなく、ボクシングに集中できるように実家で生活すること。これは尊敬する父に初めて甘えたといってもいい。鼻っ柱の強い野口はジムでも白い目でみられて孤独だったが、会長を含めて自分を理解してもらうために言葉を使うようになった。意見を交換して、自分の考えを伝える。これまで精神的に独りで戦ってきた「孤独」な状況が少しづつ変化する。試合に勝つことが、喜びに変わっていった。周りに愛され、野口のボクシングに魅力を感じる人たちと「喜び」を共有する。会長、両親、かつての恋人。応援してくれる全ての人。彼らのためにも勝ちたいと強く思うようになった。

 意地っ張りな青年は、多くのことを学んで「孤独」から多くのものを背負った「孤高」の存在へ変貌を遂げようとしている。

 野口は元来、滲み入るほどの優しさを持った男だ。それを強く感じたのは野口の話を聞いている時だった。

「焼き鳥屋やったりして、必死で頑張っていた頃を知っている人が僅かにでもいるんです。当時の彼女もそう。精神がおかしくなってでもこんな俺を支えてくれた。キリギリのところで救ってくれた両親。そして会長。その人たちのためにもね、俺、どうしてもベルトを巻きたいんです」

 野口は感情を露わにして目を潤ませた。しかし、その涙を堪え切ると彼は静かに言い放った。

野口将志

「俺のボクシングを見て、この競技の面白さを感じて欲しい。それだけなんです」

かつて意地っ張りだった青年は、日本ライト級王座決定戦に挑むのだという。

写真・文 林建次

Profile
野口将志(のぐち まさし)
船橋ドラゴンジム所属
1989年9月27日生まれ
山口県柳井市出身
戦績:18戦12勝(6KO)5敗1分
日本ライト級2位